「日常」を支える「非日常」

ある連休前の金曜日、日曜日につけたカレンダーのマルに向かって、眉間にシワを寄せながらする残業。

マルの下には、推しのライブ名や、少し背伸びした旅行の行き先や、行列必至の店名。

そんな非日常のマルがあるだけで、気が重い早起きや残業に立ち向かう力が湧いてきます。

パソコンを前にし、コーヒーを片手に持つ残業中の男性。その横にある、日曜日に印がついたカレンダーを眺めて笑顔に。

非日常はごほうびであり、今を生きるための燃料でもあり。

けれど、子育てをしていると、こんな非日常は遠くなりがち。

せっかく予定を入れていても、子どもの発熱とか、急な呼び出しとか。いざ予定を入れてお出かけしようと思っても、ベビーカーで入れない段差とか、授乳室がないとか。

障害を持つ人やその家族にとって、非日常への扉はさらに狭いもの。

大音量の会場で感覚が溢れるかも、段差や狭い通路で入れないかも、長蛇の列がしんどくなるかも、普段見ない人混みに息苦しくなるかも。想定外が1つでもあると、そこで足も気持ちもストップ。楽しみなはずの外出が「耐えるための外出」に変わってしまいます。

大人数が行列し、多くの観客で混み合い、大音量が鳴る中、耳を覆う男の子と、それをはげますお姉さん。その他、段差などの絵。

日常に多くのエネルギーを要す人ほど、本来は非日常という燃料が必要なのに、燃料を受け取りに行く道がガタガタ・デコボコなところが多いのが現状。

そんな中、できるだけ道を舗装したり、渡れない川に橋をかけよう、という取り組みがあります。

たとえば以前、このブログの執筆陣のひとり「ゆうこ」さんが書かれた記事も、そのひとつ。

こんなイベントがあるよ。より多くの人が安心して楽しく参加できるイベントづくりのご紹介\(^^)/(「ばはらっと」より)

参考までに、記事内で出てくるプロジェクトへのリンクも。

島根県民会館 インクルーシブシアター・プロジェクト

そうした方とのコミュニケーションによって作り出される、大小さまざまな創意工夫や準備が、非日常への扉を開けます。

そうして非日常をすごせた子どもと親、障害を持つ方とその家族は、「行けた」「楽しめた」「がんばれた」「できた」という体験を持ち帰ります。そして日常に戻った月曜日の朝を、ちょっと軽くします。

「まず日常を安定させてから」と、医療・福祉ではよく言います。たしかにそれは大切。だからといって、非日常を後回しにしてばかりでは、日常はより息切れしがちに。コロナ禍で多くの人が体験しましたよね。あれです。

そう、「非日常」は「日常」を支えているのです。

非日常を楽しみたい気持ちは、贅沢ではなく、優先順位が低いものでもない、と思うのです。

繰り返しになりますが、日常に多くのエネルギーが必要な人ほど、本来は非日常という燃料が必要です。

上記プロジェクトに関わる中、「今日ここに来るために、この1週間かんばった!」と言ってた、ある参加者の笑顔が忘れられません。

「非日常」は「日常」を支えるんだと、心の底から思った瞬間でした。

お祭り風の雰囲気の中、各種バリアフリー表示がある会場の入り口で、旅行カバンとサイリウムを持ち楽しそうに会場に向かう男女。

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